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東京高等裁判所 昭和36年(ネ)1760号 判決

控訴人 東大商事株式会社 外一名

被控訴人 高梨ミツ 外一名

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴審での訴訟費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴人両名訴訟代理人は「原判決を取り消す。被控訴人高梨は控訴会社に対し金二十三万一千円及びこれに対する昭和三十五年八月十四日から支払済まで年六分の金員の支払をせよ。被控訴人大槻は控訴人早乙女に対し金二十三万一千円及びこれに対する昭和三十五年九月二日から支払済まで年六分の金員の支払をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人両名訴訟代理人は主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用及び認否は左記のほかは、すべて原判決の事実摘示〈証拠省略〉と同一であるから、これを引用する。

理由

第一、控訴会社の被控訴人高梨に対する主張について。

控訴会社が不動産売買取引業者であること及び被控訴人高梨と同大槻との間に東京都大田区東蒲田三丁目十一番地所在の宅地建物(以下本件宅地建物という)について売買契約が成立したことは当事者間に争がない。

控訴会社は、右被控訴人両名間の本件宅地建物の売買契約は控訴会社の媒介によつて成立したものである、と主張するので判断する。

原審での証人鈴木利一、同渡辺みさ子、同中村喜代の各証言及び被控訴人高梨ミツ本人尋問の結果によれば、控訴会社は昭和三十五年四月二十一日頃被控訴人高梨から旅館向き建物の売物のあつせん依頼を受けたが、当時控訴会社の手もとには適当な物件がなかつたので、同業者である訴外京浜観光開発株式会社不動産部蒲田営業所に連絡の上、控訴人早乙女が周旋の依頼を受けた物件として右営業所に廻されていた本件宅地建物に被控訴人高梨を案内して、その検分をさせた事実はこれを認めることができる。しかし、上記被控訴人両名間の本件宅地建物の売買契約が控訴会社の媒介によつて成立したものと認め得る証拠はない。反つて、原審証人稲葉博昭の証言によつて各その成立が認められる乙第一号証、同第三号証の一ないし三、原審での被控訴人大槻平蔵本人尋問の結果によつて各その成立が認められる乙第二号証の一ないし三、原審での証人鈴木利一、同稲葉博昭の各証言及び被控訴人両名の各本人尋問の結果を綜合すれば、次の諸事実が認められる。

被控訴人高梨は上段認定のように控訴会社の案内によつて、本件宅地建物の検分をなしたところ、その売値が金五百七十万円で、同被控訴人の予定していた金額をかなり上廻るものであり且つ建物の現状も気に入らなかつたので、これを買受ける意思はなかつたが、控訴会社に対しては表面上、後日返事をすると、あいさつしてそのまま去立つた。そしてその帰途同じ不動産売買の仲介業者である訴外高砂住宅不動産部こと稲葉博昭方に立寄り前同様の建物の売買あつせんを依頼した。次で、被控訴人高梨は同年同月二十六日頃稲葉から別の旅館向きの建物に案内され、同人の仲介で売主と売買の折衝をしたが、右建物の売買は成立するに至らなかつた。ところが、同月末頃になつて稲葉から再び本件宅地建物の推せんがあつて、価格も金五百五十万円でいいというので、同人にその仲介を依頼し、稲葉において本件宅地建物の売主である被控訴人大槻と値段の折衝等をなした結果同年五月七日被控訴人両名間に本件宅地建物について代金を金五百四十七万円とする売買契約が成立し、代金の授受、所有権移転登記手続等も了し、被控訴人高梨は稲葉に対しその報酬として金十万五千円の支払をなした。

原審での控訴人早乙女実本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用することができず、他に上記認定を左右し得る証拠はない。

控訴会社は、被控訴人高梨は本件宅地建物が控訴会社の案内により検分した物件であることを知りながら、これを秘して稲葉に仲介を依頼し、売買契約成立時には売主、買主、仲介業者が秘密協定をなし、ことさらに控訴会社を除外して自己取引を装つたものである、と主張するが、この点に関する原審証人真壁孝一の証言は前掲各証拠と対比して信用することができず、他に右控訴会社の主張事実を認めることのできる証拠はない。

してみれば、控訴会社はたんに被控訴人高梨を本件建物に案内して検分させたに止まり、被控訴人両名間の売買契約は控訴会社の媒介によつて成立したものということはできないし、その成立について仲介の労を採つたものともまだ認められないから、控訴会社の被控訴人高梨に対する主張はその理由がない。

第二、控訴人早乙女の被控訴人大槻に対する主張について。

控訴人早乙女が不動産売買の取引業者であること及び被控訴人両名間に本件宅地建物の売買契約が成立したことは当事者間に争がない。

控訴人早乙女は、上記被控訴人間の本件宅地建物の売買契約は同控訴人が控訴人大槻の委任により媒介した結果成立したものであると主張するので判断する。

原審での控訴人早乙女実本人尋問の結果中には右控訴人の主張に沿う趣旨の供述部分があるけれども、右供述部分は後掲各証拠と照らし合せて信用することができず、他に右控訴人の主張事実を認め得る証拠はない。反つてその成立に争のない甲第五号証の一、前掲乙第一号証、同第二、第三号証の各一ないし三、原審での証人鈴木利一、同稲葉博昭(但し後記信用しない部分を除く)の各証言及び控訴人早乙女実(但し前掲信用しない部分を除く)並びに被控訴人両名(但し被控訴人大槻については後記信用しない部分を除く)本人尋問の各結果を綜合すると次の諸事実を認めることができる。

被控訴人大槻は昭和三十四年九月中不動産売買の仲介業者である稲葉博昭に委任状を交付して、本件宅地、建物を手取金五百五十万円で売却することを委任したが、その頃控訴人早乙女に対しても同様の依頼をした。そこで稲葉と控訴人早乙女は本件宅地建物を両名共同の取扱物件として青写真を作成し、売買代金を金五百七十万円と表示して不動産売買取引の仲介業者間に配付するとともに、新聞にもその趣旨の広告をなした。控訴人早乙女は昭和三十五年四月二十一、二日頃控訴会社とともに被控訴人高梨を本件建物に案内したこともあつたが結局前記第一において判断したとおりの経過によつて、被控訴人稲葉の媒介により被控訴人両名間に本件宅地建物の売買契約が成立した。

原審での証人稲葉博昭の証言及び被控訴人大槻平蔵本人尋問の結果中上記認定に反する部分は信用することができず、他に右認定を左右し得る証拠はない。

当審での鑑定人小寺源太郎の鑑定の結果及び証人小寺源太郎の証言を綜合すると、不動産売買の仲介業者間においては、売主が数人の不動産売買の仲介業者に売買のあつせんを依頼した場合には、実際にその売買契約を成立させた業者のみが依頼者に対し報酬請求権を取得する商慣習のあることが認められ、他にこれに反する証拠はない。上記認定の事実によれば、被控訴人大槻は本件宅地建物の売買のあつせんを稲葉博昭及び控訴人早乙女の両名に依頼し、結局稲葉の媒介によつて被控訴人両名間に売買契約が成立したのであつて、特段の事由について主張立証のない本件においては、各当事者は前記慣習に従つて仲介の依頼をなしたものと認めるのを相当とするから、控訴人早乙女は被控訴人大槻に対し報酬請求権を有しないものと解するを相当とし、控訴人早乙女の労力に対しては業者相互間の協定により若くは依頼者との間において道義的に解決せらるべき問題に過ぎないものという、のほかはない。

よつて、本件宅地建物の売買契約が控訴人等の媒介によつて成立したことを前提として、控訴会社より被控訴人高梨に対し又控訴人早女より被控訴人大槻に対し報酬金各金二十三万一千円及びこれに対する昭和三十五年八月十四日又は同年九月二日以降完済まで各年六分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は失当として排斥を免れない。

以上と同一の判断のもとに控訴人等の本訴請求を排斥した原判決は正当で、本件各控訴は理由がないから、民事訴訟法第三百八十四条第一項によりこれを棄却することとし、当審での訴訟費用の負担については同法第九十五条、第八十九条、第九十三条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村松俊夫 伊藤顕信 杉山孝)

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